<経営が成り立つ三要素>
経営は大きく三つの要素から成り立つ。
①企業の方向づけ
②資源の最適配分
③人を動かす
可能になる為には、修練と勉強が必要で、マネジメントチームが直ちに全てを行うのは難しい。
ただそれでも、執行の部分、日常業務は経営者がいなくてもマネジメントチームが代行出来る状況を作っておかなければならない。
経営者は会社に行く日数をある程度制限するべきで、毎日出社してはならない。
<理由は2つ>
1つは、社長がいることで意思決定が出来る人間が育たない。
もう1つは、会社に行かない日には経営者は積極的にお客さまの所を回ったり、セミナーに出席するなどして勉強するべきだから。
例えば、年間で出社する日数を120日と決め、しっかり管理し、出社しない日を作り勉強などに充てる。
すると、頼る社長が社内にいないので部下が育つ。
ある会社は、社員20人足らず、経営者を除く5人でマネジメントチームを作り、執行に関する意思決定を殆ど行う。
定期的に報告を受け、難しい意思決定は社長に決定を求め、それは稀で、ただ、トップならどう判断するかということを考えてもらうことでメンバーの成長を促している。
<スムーズに事業継承をするには>
先ず、執行部分は経営者に何があっても顧客対応などの滞らせない体制を作る。
その上で、マネジメントチームが意思決定、特に経営の3要素のうちの短期的のみならず中長期的な方向づけの意思決定が出来る様になれば、いずれ事業承継の時が来てもスムーズに運ぶ。
又、お金を残せば、精神的に安定する。
お金を事業に関係のないモノやサービスに化かし、経費化し節税に走る思考を捨てるべきで、お金を払えば経費になるという思考があるが、経費は費用であり、つまり、相手が提供するモノやサービスの自社での消費額である。
費用の根本概念は消えて無くなるもの。
社長は毎日いなくても良いが、現状をよく確認して会社方向性を決め、社員に示すのが役目。
<社長とは>
世の中や会社を読み、毎日勉強で、本当は大変な仕事な筈。
ところが、これを理解していない人が社長に就くと大変な事態となる。
社長になると給料が多いのではなく、仕事に見合った分ついてくるのが正解。
社長自体がビジネスマンで居られるかどうか。
社長には、2通りいて、1つはその人自体がビジネスマンで、判断がビジネス的に優れている。
もう1つはビジネス感覚が無い社長で、ビジネス感覚は新聞や本を読んだり、凄い人と会ったから身に付く訳では無いのに情報が結果を呼ぶと勘違いしている。
そのため、ネットや人から聞いた情報で自分は世の中ネットや見聞きした情報は、本当の情報の一部でしかなく、その場の空気感や、行ってみないと分からない感覚的なものがある。
<様々な事例>
近年、高度成長期時代の日本と違い、日本企業の常識がことごとく通用しなくなってきているので、むしろ非常識でも合理的な仕組みに変えないと生き残れず、それを出社せず手抜きな社長は危ういのではないか。
あるアラフィフ管理職の勤める中小企業では社長が40代前半、ベテラン社員たちは半ば放置プレイ状態で、若手社員主体の営業強化策に舵を切る。
会社初のサラリーマン社長ということで、ベテラン社員達のやっかみは当然あり、それを社長も気付くものの排除の論理で迫っていては、社内の分断も深まるばかりで、会社の行く末が心配。
無論、安易にベテラン社員達を私情のみで切り捨てる行為は、単に社長業の怠慢以外に他ならない、広義では組織の弱体化や人手不足にも拍車をかけ、このままだと最悪倒産なんてことも覚悟しなければならない。
又ある会社の社長はほぼ毎日出社し、自身がガンになり会社の為言いつつ会計士と相談して、仕事しない娘を役員にし、現場でトラブルを起す弟には貸付を行い、税制対策の為に創業家以外の人を形式的に役員にした。
中小企業ながら内部留保は2桁億あるにも関わらず、
黒字経営なのに月の売上が少しでも下がると担当者の能力がない、会社が倒産したら責任取れ、と個別に担当者を召集して騒ぎ立て、資金集めの亡者と化している。
他には、社長はこうでないと会社が潰れる、社員は俺の盾だ、その為に金を払ってる、と自負する者もおり、呆れたのは昨年の決算手当の支給を止めて、後継者の娘婿のマイカーに社用車として資金を投入したという。
仕事はキツくは無いが、社長の私物化には先が思いやられるという。
<まとめ>
私も過去に就職した会社で、御子息が三代目社長になった頃、別の社風になり優秀な社員が辞めていき、質の低下は顕著だった。
社長が毎日出社しなくてもいい会社にしておけば、その会社は潰れない。
会社の運命はトップで決まり、そのトップは口を出し過ぎても駄目、出さなさ過ぎても駄目だろう。